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| 究極の不条理 |
| 『奇妙な死刑囚』 (アンソニー・レイ・ヒントン ブライアン・スティーブンソン序文 栗木さつき訳 海と月社) |
冤罪で死刑判決を受け、なんと30年もの長きにわたって独房生活を強いられた人である。よくも絶望しないで生きてこられたものだと驚愕を禁じ得ない。 著者のアンソニー・レイ・ヒントンは1985年、29歳の時に殺人容疑で逮捕され、起訴される。舞台は南部アラバマ州。身に覚えのない容疑だが、警察にとってはそんなことは関係ない。黒人だから、貧しい家庭だからと、差別と偏見があったのだろう。冷静になればすぐに冤罪だとわかるのに、彼らは頑迷で、真実に目を向けようとしなかったのだ。 最初のうちはすさまじい憎悪があっただろう。絶望もあったはずだ。しかし、そのうちに囚人たちと交流するようになり、そして囚人たちでの読書会を実現してしまうのである。 優秀な弁護士にも恵まれ、2015年4月、とうとう釈放される。 それはいいのだが、警察も司法もいっさい謝罪をしない。これにはどうしても義憤を感じざるを得なかった。自分の都合の悪いことはすべて頬被り。はっきり言って腐っているとしか言いようがない。しかし、これが現実なのである。対岸の火事と見なすなかれ。こんなひどい情況は日本でも見られる。 人というものはいったい、他者の基本的人権をなんだと思っているのか。ふつうに街角を歩いていても、多くの人間が他者の基本的人権に無頓着である。実例を挙げるまでもなく、だれでもそんな悔しい思いをしたことがあるに違いない。だが、気がついていないだけで、みずからもまた、他者の基本的人権を無視しているのだ。自戒しないではいられない。今日一日をふりかえってほしい。何気ない言葉が、相手をひどく傷つけてしまってはいないか。冤罪で30年も無実の人を独房に閉じ込めることからすれば些細なことのように思われるが、根はおなじで、しかも根深い。 世の中には性善説と性悪説が存在する。これはどちらかひとつの立場をとるというよりも、両方とも人間社会に適用しなければならないのではないだろうか。単純に、警察や司法は悪で、罪のないアフリカ系の若者は善だとは言い切れない。しかし、少なくとも個人的な感情や好き嫌いを除外して、客観的に判断しなければならないのである。もちろん、それは非常にむずかしい。感情は常に理性に優先する。 それにしても、30年とは。 (2021/12/4) |
| (弾 射音) |